ニューヨークを皮切りにベルリン、ソウル、台北、シンガポールと、ここ数年は各都市でアートブックが起点となった新たな動きが生まれている。それはSNSによって爆発的に広がったデジタル上のネットワークにおける反動なのかもしれないが、いまやアートブックというメディアのまわりには独自のコミュニティが形成され、手にとるプロダクトのみならず、つくり手ないしは作家と直接話す機会までが求められるようになった。

今回の舞台は、TOKYO ART BOOK FAIR(以下、TABF)から派生したアートブックの祭典「TOKIO ART BOOK FAIR(トキオアートブックフェア)」。Always Listeningが技術者とともに音の粋を詰め込んで開発したポータブルなオールインワン・サウンドシステム『OTOJU』のアナログサウンドが、人々と空間をどう接続するのか。その状況を確認するため、開催初日の5月1日に、その会場となった芝パークホテルへと足を運んだ。

いま、フィジカルでありながらもポータビリティを兼ね備えたアートブックやアナログレコードに注目が集まるのはなぜなのか。その開催意義と、それらの共通項から導かれる異文化圏の交わりについて、フェアを束ねる黒木晃さん、角田芽央子さんにお話を訊いた。

TOKIO ART BOOK FAIRを企画・運営する、黒木晃さん(写真右)と角田芽央子さん(写真左)。
メイン会場では、3日間で50組以上の作家たちが自身の作品を携えて参加する。
“音の重箱” をコンセプトに開発されたOTOJUがインストールされたラウンジの様子。重箱のポータビリティが現代の音響設計技術と融合した、オールインワン・サウンドシステム。

連帯を生む、“ニューメディア”としてのアートブック。

今回で2回目の開催となるTOKIO ART BOOK FAIR(以下、TOKIO)ですが、まずはその派生元となったTABFがはじまった経緯について教えてください。

黒木:アートブックフェアそのものはニューヨークではじまったと言われていて、元々Printed Matter’sというアーティスト団体が非営利でアートブック書店を立ち上げて、NY Art Book Fairをはじめたんです。東京では、それを見に行ったことのある人たちが中心となり、2009年にTABFがスタートしました。

UTRECHT(ユトレヒト)の江口宏志さんや東直子さんなど、アートブックやインディペンデントな出版関係者、デザイナーやギャラリー関係者などの有志によって、コレクティブ的な運営体制で立ち上がっていきました。

では、TOKIOをはじめたきっかけというのは?

黒木:TABF開始以来、年々規模が大きくなるに連れて会場も変化していったのですが(現在は、東京都現代美術館で開催中)、「何か新しい取り組みをしていきたいよね」という声が運営チーム内で挙がりはじめた2024年に、今回の会場となった芝パークホテルさんから「アートブックフェアをやりませんか?」とお声がけいただいたのが、TOKIOをはじめたきっかけでした。

役割としては、どのような分担をされているのでしょうか?

黒木:僕がディレクターとして立たせてもらっていて、角田さんにはチームリーダーとしてスタッフさんのケアからイベント企画全般のマネジメントまで、実質的にはプロジェクトマネージャーとして動いてもらっています。

ただ、基本的には一緒にやっているので明確には線引きしていなくて、イベントのコンテンツ企画から飲食店のセレクトまで、運営メンバーからも意見をもらいながら、みんなでつくっています。

黒木さんは渋谷区神宮前のUTRECHT、角田さんは恵比寿のPOSTと、おふたりともアートブックを扱う書店で働かれていたとうかがっていますが、アートブックに魅了されたのはどうしてだったのでしょうか?

黒木:僕は昔から古本や雑誌が好きで、よく展覧会や展示を観に行ったり、本屋さんを回ったりしていたんです。twelvebooksの濱中敦史さんにはよく飲みに連れていってもらっていて、ある時「UTRECHTがスタッフ募集してるよ」と教えてもらい、面接に行ったら翌週からすぐに働かせてもらえるようになって。それがきっかけでいまに至るという感じですね。

角田:私は元々、写真集を見るのが好きだったのですが、なぜかというと、まだ知らない景色を見ることができたからなんです。代田橋にflotsam booksという書店があって(当時はオンラインストアのみ)、オーナーの小林孝行さんとの出会いがきっかけでアートブックに傾倒していきました。

角田:私もまだ学生で、悩むことも多い時期でしたが、小林さんから写真集を見せてもらったことで心が軽くなった感覚がありました。

そんな折、偶然にもPOSTがスタッフを募集していたんです。友人たちからは「絶対続かないよ」なんて言われていたんですけどね(笑)。でも、お客さんはアートブックに詳しい方ばかりでしたので、彼らや本に教わることが多かったです。お店に立ちながら世界が広がっていくような感覚でした。

そんなおふたりが中心となって企画している今回のTOKIOでは、出展者さんをどのようにセレクトし、本体イベントと差異をつけたのでしょうか。

黒木:前回もそうでしたが、基本的には本体のTABFの出展者のなかから16組ほどお声がけさせていただいています。ただ、TOKIOのほうでは、そのホストの方たちの友人や交流のある出展者さんをゲストとして招き入れているんです。

なのでセレクションの基準としては出版ジャンルというより、 “ローカルコミュニティや国を跨いだ、アートブックフェアならではの横の繋がりを活かした出展者をラインナップに加えられたら面白そう” 、というアイデアに基づいています。もちろんジャンルに偏りがないよう幅広い領域を意識しながら、国内外も含めた全体のバランスは見るようにしています。

僕は東京、角田さんはベルリンをベースに活動しているので、全部ではないですが、自分たちが人となりをある程度知っている方々を信頼ベースでセレクトさせていただくケースも多いです。

信頼ベースというのはいいですね。ただ、そうすると一方で内輪ノリというか、排他的な見られ方をしてしまうこともあるのではないでしょうか?

黒木:TABFは、アートブックをつくっている方々の発表の場であり、流通のプラットホームでもあるので、公平性は担保しなければなりません。なので、応募いただいた方全員の参加は叶いませんが、基本的には誰でも参加できる条件にはしています。ただ、本体よりも小さい規模で開催するTOKIOであれば、信頼関係に軸を置いたフェアを実験的につくってみても面白いかもしれないと思ったんです。

ドイツ・ハンブルクを拠点に写真の分野で活動するアーティストのフォルカ・レナーさん。ランニングがテーマのアートブックには、栞代わりに靴紐がついている。

角田:今回の参加者にフォルカ・レナー(Volker Renner)さんという、ドイツのハンブルクから出展してくれている方がいて、彼には2年前のTABFにも参加いただいていたのですが、彼とは以前に、Grotto Booksという、ベルリンにある図書館の廊下で開催されていた小規模なアートブックフェアでも会っていたんです。

そのフェアには、ステファン・マルクス(Stefan Marx)さんというベルリンをベースに活動しているアーティストと緩やかに繋がっている方々が出展していて、出展者同士、外の小さなお庭に組まれたサウンドシステムで音楽をかけ合ったりと、フレンドリーな雰囲気が心に残りました。

その景色を眺めたときに、TABFも紹介制でやれたら面白いかもしれないというアイデアが浮かんできたんです。同年Grotto Booksに出展していた方々がTABFに出展した時には、彼らをみんな一区画にまとめたレイアウトにしてみたのですが、とても仲良さそうにしていたからか、結果、会場がいい雰囲気になったんです。

もしかしたら閉鎖的に見えてしまうかもしれないという不安もありましたが、人との繋がりが垣間見えた瞬間に心が温かくなったりする感覚がもっと伝染していったらいいなと、そう思えるようになったんです。

今回もドイツ、台湾、韓国、マレーシアなどの出展者さんが集まっていて、お客さんも同様に国際色豊かですが、おふたりがいま注目している都市はありますか?

角田:黒木さんと先ほど話に挙がった東直子さんが最近、アジアのアートブックフェアに出展しているのですが、それが気になっています。TABFには毎年ゲストカントリーという企画があって、去年はイタリア、一昨年はドイツだったのですが、ひとつの国の出版文化を掘り下げて紹介しているんです。

歴史的な文脈や、いま起こっている状況を出版を通して伝えていくなかで気がついたのは、アジアがまだまだアートブック業界では新しくて、未知のエリアだったということ。なので、アジアのアートブックシーンに注目しているところはありますね。

黒木:韓国だとソウルでTABFと同時期にUnlimited Editionというアートブックフェアがはじまっていたりしますし、アートやアートブックというモノ自体が西洋文化の文脈で入ってきているなかで、いまアジアが盛り上がってきているんです。

台湾、タイ、シンガポール、中国もそうですが、リソグラフという手法の印刷で低コストで出版できたりもするので、地域性をもったインディペンデントな出版活動シーンがこの10年、15年で成熟してきている。西洋とはまた異なった新しい文脈が生まれてきていますよね。

今回のTOKIOにも、ソウルやシンガポールでアートブックフェアを主催しているチームが参加してくれたりしていて、国を跨いだアジア諸国の連携のようなものが生まれつつあるんです。そういった動きが連帯として大きくなってきている状況に注目しています。

台北から出展している朋丁(pon ding)オーナーの陳依秋(チェン・イーチョウ)さんは、台湾ならではの視点で、ジョイントにフォーカスした本を紹介してくれた。

まさにブックソサエティですね。アジア諸国は国ごとに独自の文化が花開いていますし、西洋とはまた異なる文脈が連帯を強めていってくれるのかもしれません。

黒木:やっぱりアートブックって西洋から入ってきた文化なので、それと比べてしまうとTABF自体の歴史もまだ浅かったりはしますよね。でも、日本には本に対する文化が古くから残っていて、古書市とかが昔から続いていたりもする。本に触れてきた文化だからか、海外の出展者さんからは「日本人は本を大切に扱ってくれる」という声も多くいただきます。

白石洋太さんのブースには、22名の写真家が総勢287名の被写体を捉えた作品集『なにがみてるゆめ』や、イエローキャブ修理工場を記録した『ファンデーションズ』などが並ぶ。

リソグラフで印刷した紙を製本できるワークショップは、体験として面白いコンテンツですね。ほかにはどのようなコンテンツを用意しているのでしょうか?

黒木:個性豊かな出展者さんが来てくださっているので、会期中はホストの出展者さんたちとアイデアを重ねながら、さまざまなテーマを設定したトークショーや参加型のワークショップを実施する予定です。

出版社の方であれば、普段どのような本づくりをしているかや、コラボレーション相手に求めることなどを話してもらったり、お客さんから質問をもらうことも想定しています。基本的には出展者の方々を深く知ってもらうための企画を用意しています。

黒木:ちなみにPrinting Roomのコンテンツ案は、 “出展者さんの情報をカタログとしてまとめられたら面白いよね” というアイデアからもち上がったんです。それで、アートブックフェアで本を買うこと以外の体験を届けるために参加型のワークショップ形式にして、オリジナルのパンフレットを持ち帰ってもらうことにしました。参加者の方々も製本する楽しみを見出してくれたら嬉しいですね。

また、会場には出展者と来場者が有意義な時間を過ごせるように、飲食が楽しめるラウンジも用意しているのですが、今回はオーディオテクニカさんにお願いして、OTOJUをインストールしてもらったんです。

踊るためより、繋がるために。オールインワン・サウンドシステム『OTOJU』。

初日、開場直後のラウンジの様子。中央にはOTOJUが並べられている。

OTOJUはどのような経緯でラウンジにインストールされたのでしょうか?

黒木: “アナログ” という価値観を背に、OTOJUをインストールすることで普段とは異なる音体験を届けたいという目的が、インターネットラジオのパイオニアでもあるdublab.jpさん、オーディオテクニカさん、そして私たちTOKIOに共通してあったことで実現に至りました。今回のトークショーの一部はdublab.jpのラジオでも配信される予定なので、あとで聴いてみてください。

あと、今回はアーティストの立花文穂さんがずっと出版している「球体」というシリーズのアナログレコードをかけてもらう予定なんです。立花さんに「アナログレコードをかけれますが、どうですか?」とお声がけしたところ、ご快諾いただけて。

なので、みんなで立花さんがかける音楽をOTOJUで聴くことになりますし、この球体のシリーズに楽器で参加しているTaiyo bandというミュージシャンの方が、立花さんが紙を整えたり、裁断したりする手製本で出る音をミックスしながら、映像と組み合わせて生演奏してくれる予定なんです。

角田:今回はOTOJUの無指向性スピーカーがあったのがすごく良かったと思っているんです。実は去年もターンテーブルは置いていましたが、誰でも操作できるわけではない敷居の高さがありました。

でも今回ラウンジに行ったら、出展者の方同士でアナログレコードとパソコンの音源を交互にかけ合っていて、とてもいい雰囲気だったんです。偶然、遊びに来てくれていた友人の曲がかかって、「あ、これ私の曲だ」という瞬間もあったり。

踊るためというよりは全員参加できるような空気感、みんなで耳を傾けるような “リスニング体験” というところがハードルを下げてくれたのかもしれないですよね。お互いに曲をかけ合うような空気感がとても和んでいるように見えました。

私は、いまベルリンで暮らしているんですけど、アナログレコードで音楽を聴く人も多く、友人の家に遊びに行くと、しっかりとしたサウンドシステムが組まれている確率が結構高いんです。みんな音響に対する意識があって、バーに行っても選曲担当の人がいたりと。音楽をかけている人が風景のなかに当たり前に馴染んでいるんですよね。

OTOJUに格納されているのは、オーディオテクニカのレコードプレーヤー『AT-LP2022』。

角田:パーティひとつをとっても、「今回はこのメーカーのスピーカーを使おう」とか、有名なライブハウスやクラブでも、「このスピーカーだからやっぱりいいよね」とか、スピーカーに対する知識をもっている人が多いなと感心します。なかには、ハンドメイドのスピーカーを使って、パーティを開く人もいるくらいです。

アートブックもアナログレコードも、それぞれが情報を詰め込んだフィジカルであり、ポータビリティを兼ね備えていますよね。こうしたメディアがさまざまな場所に移動して持ち込まれることで、新しい景色が見えてきそうです。

今後もTOKIOを開催していくと思いますが、現在抱えている課題などはあるのでしょうか?

黒木:まだまだ課題は山積みですが、小さい規模ならではのバランス感で新しいことに挑戦しながら独自性を強く押し出していけたら、もっと面白いフェアになるんじゃないかと思っています。とは言え、自由な枠組みではあるので、自分たちも楽しみながら継続していきたいですね。

角田:今回で言うと、廃棄予定のパンをパン屋さんから集めて販売する活動を行っているよるの ぱんやというパン屋さんを呼べたことがそうだったのですが、例え業種やジャンルは違っても、同じ考えをもっている人たちと繋がっていくことで、もっと楽しい空間になっていくと信じています。OTOJUで音楽をかけるのもそうですよね。モノは違っても志は同じみたいな。きっとそういう人たちってもっとまわりにいると思うんです。

黒木:TOKIOでも楽しみ方のバリエーションを増やしていけるといいですよね。遊びに来てくれた方たちがアートブックだけではなくて、音楽や食、さまざまな要素を持って帰れるような、そんなフェアにしていきたいんです。

嬉しいのは、このTOKIOやTABFを介して自分たちが気づかないところでさまざまなコラボレーションが生まれていることなんです。人が繋がることで新たな状況が次々と立ち上がっていく。そういう仕事に携われていることにとてもやりがいを感じています。

TOKIO ART BOOK FAIR

2009年より東京で開催されているTOKYO ART BOOK FAIRの派生として、2025年に誕生したフェア。アートブック出版におけるネットワークを軸として構成されているのが大きな特徴。国内外のインディペンデント出版シーンや、参加者同士の交流をより活性化させることを目的としており、出展者は国内外を問わず選出されたホスト・アーティストがゲストを任命する招待制によってラインナップされる。アートブック、ZINEなどの出版物を通じて独自の活動を展開するアーティスト、出版社、書店、ギャラリーなど、3日間で約50もの出展者が揃い、作家と直接話しながら作品に触れることができる。テーマを掘り下げたトークショーやワークショップなどの企画も充実するほか、ラウンジには「食」や「音」といった要素もアートと横並びに交わり、総合的な空間がつくられる。

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Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)

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